調律について感じてきたこと

ピアノは調律しても

演奏しないと誰にも届きません

 

通常88音あり

まずは1つの基準を決めてから

低音から高音までの音の配置を

創っていきます

 

隣との距離感

3つ、4つ先との距離感

8,11,12,16と聴きながら

全てが個々を発揮できる

ちょうどよい位置を割り出していきます

 

中音~高音部はひとつの音程に対して

3本の弦が張ってあります

 

これは低音から高音まで

全体が調和していくのには

1本の弦では音量が足りない為です

 

そして同じ音程である

3本の弦がビタッと1つの音として響くように

調律していくわけですが

一本ずつ音質が違うため

 

3本の弦で

1つの音となるのには

その時々でバランスのとり方が異なります

 

中には1本で唸っている弦が存在することがあり

そういう時は

他2本の弦で相反の唸りを敢えてつくることで

唸りが消え

3本が1つの伸びやかな音となる場合もあります

 

しかし

1本で目立ってかなり高速で唸っている場合においては

その唸りに囚われず

3本それぞれの基音(本質の音)を

迷いなくピッタリに合わせることによって

1本の唸りが遠くで鳴りながらも

伸びのある個性的な魅力となる場合もあります

 

調和とは

個々が本質を発揮した時に

本来勝手に出来上がっているものでありますが

 

本質を尊重し合った上で

個々の歩み寄りによって

一体感のクオリティをあげていくことも

楽しみのひとつです

 

全てを殺すこともなく

 

一本の唸りに全体が囚われることもなく

 

なんなら唸っていることすら全体で受け入れて

どう活かすのか

個性的な完成度として楽しむことでもあり

 

どうして1本でこんなに唸っているんだ!と

唸らない弦になるように何かを施しつつ

思い通りにならないことを受け入れるまでに

ものすごいエネルギーを消費したり

 

その時の采配を受け入れず

演奏会を中止にするほどに拘ることも探求のひとつでもあり

 

常に理想としてある

自分の望み通りに完成させようということに

囚われすぎること自体が

ピアノ以前に

自分自身の調和から遠ざかることであったりもします

 

そして言ってしまえば

全てがビタッと本質寸分の狂い無く合っているピアノを弾いていて

素晴らしいという方も

面白くないという方もおり

 

ちょっと狂っているくらいが好きだという

演奏者の方も多く

 

ただただピュアに本質がダダ漏れているのも

経験と共に増える懐や表現の幅を楽しむのも

 

何に魅力を感じるかもそれぞれに

 

ピアノもカラダも小宇宙

 

源へと近づいていくと

どれも同じで在りながら

ひとつとして同じものはなく

いつもカラフルで面白い

 

人間も然りです